阪口慶三という男の教え。
今日は、阪口慶三先生の教育について書きたいと思います。
阪口先生は、53年を迎える高校野球界の名将で、僕の恩師(親父)でもあります。
なぜ「先生」と呼ぶかというと、
「俺は野球を教えるんじゃなくて、人を育てるんだ」という信念があるからです。
先生の指導は、この時代では厳しすぎるのではないかと思うことも多々あります。
しかし、今も昔も関係ありません。
”人”とは、”男”とは、どう生きていくのか。これだけはブレることはありません。
そんな”先生”の言葉で、一番大切にしている言葉があります。
(以下、親父=先生の事です。)
「人の心をもらいなさい」
この言葉は、”親父”の教育の代名詞でもあると考えています。
非常に難しいなと最初は感じました。
後になって感じたことは、心をもらうというのは心底愛情をいただくとも言い換えられるのかもしれません。
また、人の心を揺さぶることが出来る人でなければいけないとも思います。
そのためにはどんなことが必要なのでしょうか。
3年間の高校野球生活にたくさんのヒントが詰まっていました。
少しづつご紹介していきたいと思います。
笑顔と魂
これまた親父の大好きな言葉です。
人を惹きつけるのに大事な要素がこの”笑顔”と"魂"なのです。
まず、前向きにポジティブに頑張る人の姿に嫌な思いをする人はいませんよね。
野球というスポーツは7割が失敗に終わるスポーツです。
3割のヒットを求めて必死に練習するわけですが、半分以上がアウトになるのです。
毎度落ち込んでいては次へ進むことができません。
成功を勝ち取るための最強のメンタルこそ笑顔なんだと教えられます。
ただ、この笑顔も美しい笑顔でなければいけません。
燃えるような眼差し、いきいきとした動き、充実した気の持ち方で自然と”笑顔”が出来上がるのです。
甲子園での阪口先生の笑顔の裏には、勝負師の鋭い眼光がある事を僕たちは知っています。
「仏の阪口」と呼ばれる甲子園での親父は、メラメラと熱いハートが燃えています。
だからこそ、高校野球ファンの”心”を揺さぶるのではないでしょうか。
これが阪口野球の笑顔です。
”魂”と聞けば、阪口慶三。この男が頭をよぎります。
それだけ聞いてきた言葉でもあります。
なぜこの”魂”は、人の心を揺さぶるのでしょうか。
魂と辞書で引くと次のような解説が出てきます。
生きものの体の中に宿って、心の働きをつかさどると考えられるもの。古来、肉体を離れても存在し、不滅のものと信じられてきた。
1球、一瞬にこんな思いを込めて野球をする姿は感動を呼びます。
親父は練習中にこんなことをよく言います。
「今日の練習は感動した。ありがとう。」
感動を呼ぶ練習とは、まさに”魂”の体現によって作り出されるものです。
犠牲心をいとわないのが、阪口野球なのではありません。
「自分が死んでもかまわない!!」と、そのような気持ちを一瞬に込めること。
全身全霊をかけて生きている!!ということが、心を揺さぶるのです。
日頃の練習から、”死に物狂い”を体現している野球部なのです。
時に”阪口魂”は練習中に涙を呼びます。
甲子園まで来て泣きながらピッチングした男の話
2014年夏の甲子園、1回戦で見事大逆転勝利を収めた次の日の練習の出来事です。
前日の試合で、初回に8失点したエースは次の日も黙ってブルペンへ行きました。
悔しさを噛み殺しながら、殺気立たんばかりの雰囲気で黙々とキャッチャーへ投げ込んでいました。
そこへ阪口先生はやってきました。
しかし、先生も黙って見ているだけです。
黙々と悔しさをぶつけるエースと魂宿る親父(先生)には会話ひとつ必要なかったようです。
親父がふと切り出しました。
「その気持ちだよ。それがお前の高校野球だよ。」と一言。
エースは涙を流しながらそのあともピッチングを続けました。
後ろから見ていた親父も朝日新聞の記者も、涙を流しながら見守っていました。
”魂”が心揺さぶる熱い男の空間を生み出す瞬間でもありました。
真剣な眼差しを持つ”笑顔”、この一瞬に命を燃やす”魂”
これが阪口慶三という男の生き方です。
続編、たくさんUPしていきます。
胸に刻んでいただけると幸いです。